リーンキャンバスとは?各項目の書き方や注意点など解説
新規事業を始めても、それを成功させることは容易ではありません。実際、中小企業庁が発表した『中小企業のライフサイクル』によると、新設された企業の生存率は年数ごとに下降していることが分かります。
企業生存率の国際比較
1年後 | 3年後 | 5年後 | |
アメリカ | 91.8% | 59.6% | 48.9% |
イギリス | 83.6% | 59.5% | 44.5% |
日本 | 95.3% | 88.1% | 81.7% |
この困難な時期を乗り越えるために有効な手段が、リーンキャンパスです。リーンキャンパスは、ビジネスアイデアを1枚の紙にまとめ、事前にリスクを特定し、成功確率を高めることができるフレームワークです。このフレームワークを活用することで、起業家は仮説で事業を始めるのではなく、科学的根拠に基づいたアプローチが可能となります。
リーンキャンバスとは?
リーンキャンパス(Lean Canvas)は、企業やチームが、新プロジェクトを立ち上げる際に、戦略を検討するために使用できるフレームワークです。
1枚の紙でビジネス全体を俯瞰でき、どこにリスクが潜んでいるのかを事前に把握できる利点があります。このフレームワークは、アレックス・オスターワルダーが開発したビジネスモデルキャンバスを元に、スタートアップに特化した形式としてアッシュ・マウリャが改良したものです。
対象者
リーンキャンバスの作成が役立つ対象者は次のとおりです。
- スタートアップ企業:リーンキャンパスはスタートアップに特化したフレームワークです。そのため、これから新しく市場に参入しようと考える企業にとって非常に役立ちます。
- 既存企業の新事業チーム: 既存の企業で新しい商品やサービスを立ち上げる予定のチームにとって、リーンキャンパスは役立ちます。
- 個人事業主やクリエイティブな職業: 個人事業主やミュージシャン、アーティストなどが、これから新商品やサービスを市場に投入する場合、事前にリーンキャンバスに取り組むことで、リスクを避け成功確率を高めることができます。
リーンキャンバスのメリット
スタートアップ企業にとって、 リーンキャンバスは非常に有効なフレームワークです。紙1枚で事業アイデアを俯瞰でき、市場との適合性をテストし、成功確率を高めることができるからです。ここでは、そのメリットについて詳しく解説します。
アイデアを1枚の紙に整理できる
いくら素晴らしい事業アイデアをえられても、それは仮説に過ぎません。事実に基づいて検証する必要があります。リーンキャンバスは、頭の中で描いたイメージを紙1枚に整理しまとめることで、アイデアを検証可能なものに変えることができます。
従来は、新しいアイデアが浮かぶと何ページにも及ぶ事業計画書という形にしていましたが、その作成には多くの時間がかかり、効率的とはいえませんでした。しかし、リーンキャンバスを使用すれば、わずか15分ほどで新事業のアイデアをまとめ、リスクや成功見込みを検証することが可能になります。
リスクの特定
新規ビジネスの多くは失敗に終わります。そのため、スタートアップにおいて重要なのは、何よりリスクを低減することです。リーンキャンバスを用いれば、事前にリスクを予想し、対策を講じることが可能です。結果として、スタートアップで抱える共通した課題である「限られた資金や人材」をもっとも重要な箇所に割き、事業の成功確率を高めることができます。
直ぐにテストできる
リーンキャンバスは科学的手法を重視しているため、テストをおこないます。アイデアをテストし、改善し、より成功確率を高めます。その際にはランディングページやプロトタイプ(試作品)など活用し、ビジネスアイデアに変更を加え、新規事業を軌道に乗せていきます。小規模テストを繰り返すので、短期間でデータに基づく合理的な判断を下すことができます。
リーンキャンバスの書き方
ここでは、リーンキャンバスの各セクションごとの記入方法を解説します。手元にノートを用意し、実際に記述しながら読み進めてください。この項目を読み終われば、同時にリーンキャンパスも完成させることができます。
課題と顧客セグメント
リーンキャンパスを書く際には、最初に「顧客セグメント」と「課題」を記入します。この2つが記入できれば、全体を書くのが楽になります。顧客セグメントを書く際には例えば「従業員数10名以下の会社」、「3店舗以上を経営する店」などのように書き出します。
また、課題については複数あると思いますが、上位1-3位に絞って書き出してください。例えば「3店舗以上を経営する飲食店」を顧客セグメントとして設定すれば、下記のような課題が想定できます。
- 慢性的な人材不足
- 従業員の意識低下
- 従業員がSNSに不満を投稿
顧客セグメントと課題を書き出したら、さらに「アーリーアダプター」と「既存の代替品」を記入します。アーリーアダプターとは、新しい商品やサービスが市場に導入された初期の段階で、他の人々よりも早くそれを受け入れて使用するグループのことです。新しい商品を投入したとき、顧客セグメントの中で、どういった特徴のある企業や人がそれに興味を持つのかを検討してください。
また、代替品は、自社が投入する新商品の代わりになるものです。すでに顧客が使っている商品があれば、それを記入します。例えば、これからハンバーガーショップをオープンさせるなら、マクドナルドやロッテリアなどが代替品に該当します。
UVP(独自の価値提案)
アッシュ・マウリャはUVPを「あなたが他とは違っていて、注目する価値がある理由」と定義しています。リーンキャンバスの真ん中に、この独自の価値を記入します。
UVPは他社との違いが明確で、かつイノベーターやアーリーアダプターに刺さるものが望ましいです。イノベーターやアーリーアダプター以外のメイン顧客(マジョリティ)に刺さるUVPを最初から作成すると、内容がぼやけてしまい、誰にも響かないものになりやすいため注意してください。
また、余裕があればハイコンセプトピッチ(ハイレベルコンセプトと同義)を作ります。これはUVPを広めたり、すばやく伝えるためのものです。キャッチコピーほど表現にこだわる必要はありませんが、ワンメッセージで直感的に伝わるものにしてください。
ソリューション
ソリューションには、新商品で解決できることを書き出します。どのような機能があり、顧客にどう役立つのかを記述してください。ただし、ここには時間をかけず、暫定的なものを書きます。なぜなら、のちほど顧客インタビューをおこなうことで、想定していた課題やターゲット顧客が変わる可能性があるからです。顧客や課題が変われば、ソリューションはまったく異なるものになる可能性が高いです。
チャネル
アーリーアダプターに接触できるチャネルを検討します。具体的な例としては次のようなものがあります。
- SEO
- SNS
- リスティング広告
- 新聞広告
- メール
- アプリケーション
- 店舗
- 展示会
ここで肝心なのはスタートアップに必要なチャネルと、ビジネスを拡大するときに必要なチャネルは変わる可能性が高いという点です。例えば、スタートアップでは、展示会をチャネルとして採用したとしても、それだけでは販売数が限られるため、ビジネスの拡大期に入ればSEOやリスティング広告を始めるといった要領です。リーンキャンパスを作成している時点ではスタートアップのはずですから、この時期に最適なチャネルを選択します。
収益の流れとコスト構造
リーンキャンバスの最下部にある「コスト構造」と「収益の流れ」は、財務面からビジネスの可能性を検証するものです。「コスト構造」は、商品を顧客に届けるまでに必要な費用を特定します。例えば、生産コストやマーケティング費用、人件費などが挙げられます。一方、「収益の流れ」は商品の販売価格やサブスクリプションで課金する費用などを記します。損益分岐点も予想し記入してください。この2つのセクションを比較し、ビジネスが持続可能なのかどうか検討します。
主要指標
ビジネスがどれほどうまくいっているのかを確認するのが、主要指標です。代表的なものとしては、コンバージョン率や顧客獲得単価、LTV(ライフ・タイム・バリュー)などが挙げられます。自社にとって重要な指標をいくつかピックアップしてください。
圧倒的優位性
この箇所はリーンキャンパスにおいて記入がもっとも難しいです。圧倒的優位性は、競合他社に対して持つ独特な強みや利点のことで、他社が容易に模倣できないものです。具体例としては次のようなものがあります。
- コミュニティ
- 自社の信頼性やパーソナリティ
- 専門家からの推薦文
- 独自技術
- 地理的な優位性
- 特許
- 独占契約
この部分は、ビジネスが市場で成功するための重要な鍵です。ただし、この優位性は最初から用意できるとは限りません。例えば、コミュニティというのは事業開始後に構築するため、リーンキャンバスを書いている段階ではまだ、存在しないはずです。そのため、現時点では空欄にしておいたり、将来この点を圧倒的優位性にしたいというものでもかまいません。
リーンキャンバス作成の注意点
スタートアップや新規プロジェクトに取り組む際、リーンキャンバスを活用することは非常に有益ですが、その使用方法にはいくつかの注意点があります。そこでここでは、気をつけるべき主な点をとりあげ解説します。
15分程度で作成
リーンキャンパスは現時点で考えていることを紙1枚に書き出すのが目的なので、かける時間を15分程度にしてください。サッと書き上げて、仮説の検証や修正に時間をかける方が有益です。
空欄を気にしない
ビジネスプランを考えているときに、その分野に関わる全ての事実を知ることはできないですし、予想することもできません。そのため、分からないところは空欄にしておきます。正しい答えを書くことが目的ではありません。また、空欄になっている箇所は、現時点でもっともリスクのある箇所ともいえるため、空欄にも意味があるといえます。
ビジネスモデルから考えない
リーンキャンバスは、顧客起点で考えることです。顧客が何に困まっていて、どういった未来を実現したいと思っているのかといったニーズや望み、条件などにもとづいた内容を記述してください。一方、ビジネスモデルから考えると、うまく記述できません。例えば、最初からサブスクリプションモデルを採用すると決めてリーンキャンバスを書こうとしても、それが顧客にとって最適とは限らないからです。
参考ページ:顧客起点マーケティングとは?実施手法や事例、注意点を解説!
リーンキャンバスのよくある質問
実際に、リーンキャンバスを書く際には、さまざまな疑問点が生じるはずです。そこでここでは、スタートアップの方から寄せられる質問の中で代表的なものを取りあげ解説します。
Q:ビジネスモデル・キャンバスとの違いはなんですか?
Answer)ビジネスモデルキャンバスとリーンキャンバスは、どちらもビジネスアイデアを検証するフレームワークです。ただし、リーンキャンバスはスタートアップや新しいビジネスに特化しており、無用な項目を削除しています。
Q:作成する際にSTP分析は役立ちますか?
Answer)リーンキャンバスを作成する際にはある程度、大枠でかまわないため、STP分析(Segmentation, Targeting, Positioning)までする必要はありません。しかし、市場を細かく分析したい場合は検討してみるのも良い方法です。STP分析をすれば、どの顧客層が自社にとってもっとも価値が高いかを特定できる可能性があります。
参考ページ:STP分析とは?マーケティングのフレームワークとSTP分析を使ったSEO対策を解説
Q:インタビューは有効ですか?
Answer)リーンキャンバスを作成する際には、顧客インタビューをおこなうことが非常に有効です。インタビューを通じて、ターゲットとなる顧客の実際のニーズや問題点、行動パターンなどを深く理解できるからです。こういった顧客理解が進むほど、リーンキャンバスの修正もしやすくなります。
参考ページ:顧客理解とは?その重要性や実施方法、マーケティングへの活かし方など解説
Q:フリーミアムモデルでも良いですか?
Answer)「収益の流れ」を記述する際、フリーミアムモデルを検討することもあると思います。しかし、自社の商品やサービスが市場に受け入れられるかどうかを検討することが重要なので、初月から適切な価格設定をして課金した方が望ましいです。フリーミアムモデルを採用すると、無料だから購入したのか、その商品が気に入ったから購入したのかを判別するまでに時間がかかってしまうからです。
Q:リスクにはどのような種類がありますか?
Answer)リーンキャンバスは、ビジネスが直面するリスクを自然に把握することができます。リスクは主に次の3つのカテゴリに分けられます。
- 製品リスク
- 顧客リスク
- 市場リスク
製品リスクは、ビジネスが提供する製品やサービス自体の問題のことで、これはリーンキャンバスの「課題」、「ソリューション」、「独自の価値提案」、「主要指標」の項目で扱います。次に顧客リスクは、ターゲットとする顧客や市場に関連したリスクで、リーンキャンバスの「チャネル」、「顧客セグメント」の箇所が該当します。市場リスクは、ビジネスが市場でどのように収益を上げ、コストを管理するかという経済的側面に関連したもので、リーンキャンバスの「コスト構造」と「収益の流れ」の箇所が該当します。
まとめ