コンピテンシーとは?活用できる場面と導入の課題・手順を解説
コンピテンシーとは、優れた成果を出せる人物に共通して見られる行動特性のことを指します。単なる数値評価ではなく、行動の基盤となる価値観や考え方、性格などを重視する考え方です。
コンピテンシーは、従業員の行動を評価し、人材育成に役立つ一方で、導入にはハイパフォーマーの行動特性を基準にする難しさや多様な価値観を持つ従業員への適用の難しさがあります。また、コンピテンシーの適切な評価基準の策定や定期的な修正が求められるため、導入には大きなコストと時間を伴います。しかし、正しく導入することで、企業の生産性向上や従業員の適正な配置、公平な評価が可能となり、人材育成の効率化にもつながります。
コンピテンシーとは
コンピテンシーとは、優れた成果を出せる人物に共通して見られる行動特性のことです。成果による数値で評価するのではなく、行動のもとになる価値観、考え方、性格などの要素を重要視するという考え方です。知識や経験、スキルとは異なり、外部からは判断できないことが多く、よく氷山に例えて説明されます。
コンピテンシーの例としては、次のような価値観や動機が挙げられます。
- 自分の行動を客観的に見られる
- 難しい問題、複雑な問題にぶつかるほど意欲が出る
- チームにうまく溶け込める
従来の複数人での評価や職種に関係のない一般的な評価では結果的に人材育成につながらないという問題が出てきましたが、本来、良い人事評価とは次のような項目が満たされているものをいいます。
- 給与が明確に決まる
- 評価に対して従業員に納得感がある
- 評価を通して課題認識できる
- 評価を通して成長を実感できる
- 上司と部下のコミュニケーションが活性化される
その意味で単純にスキル、知識、経験のように見える部分だけを評価するのではなく、曖昧な部分を可能な限り明確にして人材育成につなげるという点でコンピテンシー評価は非常に優れた人事評価制度といえます。
しかし、コンピテンシーの導入には次のような観点で大きな課題があります。
- ハイパフォーマーの行動特性を基準にする作った人事評価の難しさ
- ダイバーシティや多様な価値観を持つ従業員に対する適用の難しさ
- 導入後のメンテナンスの難しさ
特に、優れた成果を出す従業員に着目した行動特性そのものに注目され、コンピテンシーによる評価をするということ自体を目的にしていることが課題の原因になりがちです。人事評価制度の目的には最終的には企業の成長、つまり、人材育成という側面もあるため、成果創出のための能力の指標として正しく活用する必要があります。
コンピテンシーが注目される背景
コンピテンシーという言葉は1950年代に心理学用語として登場しましたが、1970年代にアメリカの心理学教授のマクレランドが行った、採用時の成績と配属後の成果には大きな相関がないという調査結果を機に人事用語として知られるようになりました。その後、ボヤティズにより「コンピテンシーとは、組織の置かれた環境と職務上の要請を埋め合わせる行動に
結びつく個人特性としてのキャパシティ、あるいは、強く要請された結果をもたらすもので
ある」と再定義され、体系化されるようになりました。
参考:高業績者の行動特性コンピテンシーマネジメント定義の乱立(日本経営学会、小樽商科大学大学院、山田政樹
日本では1990年代に多くの企業が年功序列の人事制度に限界を感じるようになり、成果をもとにした人事制度にシフトするなかでコンピテンシーが注目されるようになりました。当初は顕在的な能力が評価されるという誤った認識もありましたが、現在では労働人口の現状による生産性向上のため、従業員に変容を求められるようになり、組織のパフォーマンス向上のためにコンピテンシーが再注目されています。
コンピテンシーの項目例
コンピテンシーの研究機関であるスペンサー&スペンサー(SS)は次のようなコンピテンシーモデルを作成しています。
コンピテンシー | コンピテンシーの定義 |
---|---|
達成・行動 | ● 達成思考
● 秩序・品質・正確性への関心 ● イニシアチブ ● 情報収集 |
援助・対人支援 | ● 対人理解 |
インパクト・対人影響力 | ● インパクト・影響力
● 組織感覚 ● 関係構築 |
管理領域 | ● 他社育成
● 指導 ● チームワークと協力 ● チームリーダーシップ |
知的領域 | ● 分析的志向
● 概念的志向 ● 技術的・専門職的・管理的専門性 |
個人の効果性 | ● 自己管理
● 自信 ● 柔軟性 ● 組織コミットメント |
参考:日本におけるコンピテンシー ―モデリングと運用―(京都産業大学学術リポジトリ、井村直恵)
しかし、職種により求められる能力は異なるため、一概に上記の項目を当てはめられるとも言い切ることはできません。例えば、売上と営業スタッフの特性の相関を見ると、営業に必要と考えられがちなクロージング力やニーズ把握力は非常に低い相関性があり、事前準備や順応性のような営業とは直接的には関係のないような項目が非常に高い相関にあったことがわかります。
参考:アクセル デジタル時代の営業 最強の教科書(マーク・ロベルジュ、2017年、祥伝社)
また、次のような受注額と評価項目の相関では、行動特性以上にマインドのレベルの高さが重要であることを示しています。このことからも、コンピテンシーによる評価は重要な要素ではあっても決定的なものではないことがわかります。
参考:アクセル デジタル時代の営業 最強の教科書(マーク・ロベルジュ、2017年、祥伝社)
コンピテンシーと従来の評価基準との違い
コンピテンシーは概念ですので、定義はさまざまです。しかし、行動特性といえども能力や職能をベースにした職務遂行能力であることは間違いありません。具体的な評価制度に組み込む際にはハイパフォーマーの行動分析、成果創出につながる行動の特定、行動レベルでの言語化などが必要ですが、従来の評価基準とは可視化や正確な測定が難しい点で大きく異なります。
スキル | 後天的に獲得した高度な技術や技能のこと。コンピテンシーは保有している技術や技能を発揮する能力を指すという点で異なります。スキルだけでは成果を出すことはできませんが、スキルを活用するコンピテンシーがあれば成果の創出につながります。 |
アビリティ | 取り組み姿勢のような総合的な能力のこと。スキルに似ていますが、スキルは高度な技能を指しているのに対し、アビリティは総合的な技能のことです。スキル同様に、アビリティだけでは成果は出せませんが、コンピテンシーがあることで成果創出につながります。 |
コア・コンピタンス | 企業が保有する他社に真似されない能力や強みのこと。コンピテンシーは個人の行動特性を意味しますが、コア・コンピタンスは組織に対して用いる用語です。 |
ケイパビリティ | 企業の組織的な能力や強みのこと。コア・コンピタンスと似ていますが、ケイパビリティは事業プロセス全体を意味します。 |
コンピテンシーが活用される場面
コンピテンシーは採用、評価、マネジメント、人材育成などに応用することができますが、仕組化をせずに運用してもうまくいきません。既存フォーマットにコンピテンシーを組み込み、必然的に活用できる環境を作る必要があります。
また、コンピテンシーモデルに近づくためには次のSMARTゴールに沿った目標設定が必要です。
具体性(Specificity) | 目標を具体的で明確にする |
測定可能性(Measurability) | 評価可能な定量データが望ましいが、数値化が難しい場合でも定性データにして推移をみる |
達成可能性(Achievability) | 達成できる範囲での高い目標を設定する |
関連性(Relevance) | 本人の価値観、企業戦略などに沿ったものにする |
期限(Time-bound) | 対応期限や時間枠を設定する |
※SMARTゴール:Specificity、Measurability、Achievability、Relevance、Time-boundの頭文字を取ったもの。計画のもとで明確で追跡可能な目標の作成を可能にするフレームワーク。
採用活動への活用
採用時の成績が入社後の成果に直結するとは限らないことは前述していますが、コンピテンシーを意識した採用基準を設けることで自社に正しく合い、入社後の期待ができる人材なのかが判断しやすくなります。採用面接時にはコンピテンシーを言語化した質問することで行動の背景を深堀することで活用可能です。
人事評価への活用
成果だけを見るのではなく、行動特性を見るコンピテンシー評価は従来では基準にできなかった業務プロセスを客観的に評価できる点で従業員の納得を得られやすい評価といえます。人事評価に活用するためには部門や職種ごとにハイパフォーマーの行動や思考傾向を調査して評価項目に転換する必要があります。
人材育成への活用
1つの企業内であっても部門、職種、役職などにより必要な行動特性は変わります。どのような行動特性が成果につながりやすいかが明確にわかれば、特性を持つ人材を適切に配置し、企業のケイパビリティを最大化することができます。求められる特性と反対の人材配置をすることでのミスマッチを防ぐことにもつながり、生産性の向上につなげることができます。
コンピテンシー導入のメリット
人事評価にコンピテンシーを導入することで、企業が従業員に求める基準が明確になり、次のようなメリットをもたらします。
- 正しい人材配置ができる
- 評価の公平性を担保できる
- 人材育成の効率化ができる
- 企業全体の生産性が上がる
正しい人材配置ができる
コンピテンシーをうまく利用することで従来の採用基準では見えなかった部分を評価することができ、本当に求める人材を正しく評価しやすくなります。結果的に正しい採用や適切な人材配置が可能になるため、人事の負担が減少したり、離職率低下の防止にもつながったりします。
評価の公平性を担保できる
コンピテンシーを評価項目に入れることで従来は評価しづらかった項目に対しても公平性を持って検討が可能です。従来の数値をもとにした成果主義では成果につながりづらいバックオフィスや営業部門の行動特性は評価の対象外となりがちでしたが、評価される行動を項目に入れることで公平性を担保することができます。
人材育成の効率化ができる
コンピテンシーは成果を上げることができる人物の特性を落とし込んだものですので、コンピテンシー評価に沿った動きをすることで必然的に人材育成につながりやすいという特徴があります。上司から見ても次に何をすべきかがより鮮明になるため人材育成の効率化が可能になります。
企業全体の生産性が上がる
前述した人材配置にも関わりますが、従業員の行動特性を把握して人材配置をすることで個人の適正に沿った業務ができるということですので、企業全体の生産性向上につながります。従業員にとってもコンピテンシーを意識した成長は評価に直結することが多いため、指標としてわかりやすく、業務効率化にも寄与します。
コンピテンシー導入の課題
正しく活用することでメリットの大きいコンピテンシーですが、そもそもの導入に大きな壁があります。正しい評価軸を作ること自体が困難であることが多く、作成したとしても大きなコストと時間を伴います。また、一度作って終わりというものではなく、時代の変化に合わせた修正も必要になるため、一般に自社内でコンピテンシー評価の軸を作るのではなく、組織人事系のコンサルティングファームへの依頼や専門会社への相談をベースにすることになります。
必然的に評価制度を外注してでも作るという規模の企業に限られるため、コンピテンシー評価の導入には一定の企業規模が求められます。
コンピテンシーモデルの作成が困難
コンピテンシーの作成のためには、社内で高い成果を上げている人物へのヒアリングから始まります。行動特性を分析し、成果との相関性を調査し、モデル化するところから始まります。当然、特定の1人に対してだけではなく、部門、職種、役職に分けて複数人のヒアリングが必要ですので人事部門からしても大きなプロジェクトになります。
適切なコンピテンシー評価の作成が困難
コンピテンシー評価を作るため、ハイパフォーマーにヒアリングをしたとしても、成果に結びつく特性の特定は難しいことが多く、特定したとしても時間経過とともに変わることがあります。そのため、一度策定したコンピテンシーであっても将来的にも正しく機能するとは限らず、そもそもの最初の策定が困難であることが多いのが現状です。
人事評価システムではコンピテンシー評価を取り入れたものもありますが、本当に必要な要素を特定するためには入念な準備と正しいスキームでの作成が必須であり、人事評価制度を専門に作っている部門や企業でなければ作成自体が困難です。
定期的な修正が必要
現代はVUCAの時代といわれており、将来の予測が難しい世の中とされています。そんなVUCAの時代では一度作った人事評価が将来にわたって正しく機能するとは限りません。必然的に定期的なブラッシュアップが必要ですので、コンピテンシーを導入することで得られる成果と定期的にブラッシュアップするリソースを天秤にかけて実施するかどうかを検討する必要があります。
※VUCA:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った用語。将来的な予測が難しいことを言い表した言葉。
コンピテンシー評価導入の手順
コンピテンシー評価には大きく次の3つのモデルが存在しますが、いずれのモデルであっても行動特性を特定するところから始まります。
- 実在型モデル:実際に存在するハイパフォーマーをベースに作成するモデル。多くの企業で採用されているモデル。
- 理想型モデル:実際には存在しない理想的な人物をベースに作成するモデル。企業理念や事業内容をベースにする。
- ハイブリッド型モデル:実在型と理想型の両方を参考にして作るモデル。
大枠の手順としては次のようになります。
- ハイパフォーマーへのヒアリング
- 行動特性の抽出と選定
- 評価基準の作成
- 実務への導入と改善
ハイパフォーマーへのヒアリング
コンピテンシー評価を策定するためには、社内で優れた成果を出している人材へのヒアリングから始めます。ヒアリングは部門、職種、役職などに分け、複数人へのヒアリングを実施して成果を出すための行動とその行動に至った理由に着目して思考や価値観などの分析をします。
行動特性の抽出と選定
ヒアリングで出した行動特性を要素ごとに分けてコンピテンシー候補を選定します。前述したスペンサー&スペンサーのコンピテンシーモデルの要素を参考に選定することになりますが、自社特有の行動特性やハイパフォーマー特有の動きがあれば、その点を中心に洗い出す可能性もあります。
部門、職種、役職により求められるものが異なるという前提で漏れなく抽出する必要があり、例え高い成果が出せる可能性の高い特性があったとしても企業理念やビジョンを考慮した場合には除外する可能性もあることを念頭に置いてください。
評価基準の作成
それぞれのコンピテンシーの3〜5段階のレベルを設け、実務で評価しやすいようにします。公平性を保ち、上司が判断しやすくするためにも達成度合いがわかるように基準を明確にする必要があります。
評価基準は次のような5段階で設定されることが一般的です。
レベル | 内容 |
1.受動的行動 | 自発的には動かない |
2.通常行動 | 行動が必要なときに動く |
3.能動行動 | 意図を持って自主的に動く |
4.創造行動 | 課題解決を目的に行動する |
5.パラダイム転換行動 | 行動によって既成概念を覆し、望ましい状況を作る |
実務への導入と改善
採用や人事評価のような実務に導入して運用します。コンピテンシーの導入により改善が見られるかの評価が必要ですが、重視される行動特性は時代や環境によって変化するため、時間経過とともにビジネスモデルとともに見直しと改善を繰り返す必要があります。
まとめ